読了メモ

ない、なにも、なにもかも

風のない、底まで冷え切った夜があった。夢の外で犬が鳴いていた。その朝に、一条大路が荒れはてているとの報があった。ひどく寒い朝だった。
ゆけば、霧のなか、月初めに白砂を敷きなおされたはずの路は濡れ、泥と提灯と松明とが綯いまぜになり、車が打ち捨てられ、それが無数の足跡と轍に踏み荒らされていた。路の足跡は検べる下人のものより深く、幾許かはあたりの小路から湧き出でたようで、少し辿ると跡は薄くなって消えた。

東へゆくと、めしゃめしゃに潰された車が次々に現れた。見ると、戻り橋の上には豪奢な車がいくつも重なって潰れていた。橋の先を検めに行った放免は、しばらくして戻り、橋のたもとで大きく咳き込んだ。それでやんだ。混沌は橋の先でふっと終わっていたという。

西を検めに行った藤判官によれば、路の混沌は神泉苑に続いており、霧の中、朽ちきった禁苑に、どこからともなく運び込まれ、静かに積み上がっていたはずの屍体が、ことごとく消え去っていたという。

二日の後、一条の路には白百合が生い、やがて枯れ、橋の先を検めた放免もほどなくして失せたという。